ドイツ人パートナーとの国際恋愛をきっかけに、元OLの私がドイツに移住する事に!日本を離れて初めて生まれた変化がありました。
当時19歳のドイツ人パートナーと恋に落ち、現在ドイツ南西部在住。元OLのはるぼぼです!
ちなみにこちらがドイツ人パートナー。あえて「ダーリン」と呼んでいます。
日本生まれ日本育ちの生粋の日本人の私が、ドイツ人パートナーに出会いドイツに移住することに…。日本を離れ、外国人パートナーと送る生活の中で、OL時代には無かった変化が私に生まれたのです。今回は、「ドイツ人「ダーリン」との出会いをきっかけに生まれた3つの変化」と題して紹介します!
OL時代は日本のネガティブな部分が気になってしまうことがありました。「飲み会に参加して当然」のような場面に遭遇したり、何というか…「周りに合わせなければならない空気」にうんざりして「一日も早く海外に出ていきたい」という心境でした。
…しかし、そんな自分が「ハッ」とさせられる出来事がありました。
日本の文化に興味があり、はるばる日本を訪れたダーリン。
一緒に日本の寺社仏閣を巡っていた時のことでした。
しめ縄と一緒に垂れ下がっている白い紙(紙垂)を指して、ダーリンがこう言いました。
ダーリン:「あれは何?」
私:「…」
…私は答えることができませんでした。
この時、それが何か疑問にすら思ってなかったことに気付かされ、「私は日本を批判していたわりに、知らないことだらけじゃないか」と思い知らされたのです。それがきっかけで、「もっと日本の魅力について学びたい!」と思うようになりました。
そういう意識でいると、「周りに合わせなければならない空気」も「他者に気を配る精神なのかも」と日本のポジティブな部分を再認識できるようになりました。そう考えると私は日本が好きですし、大げさに言えば自分のアイデンティティを肯定できたような心境でもあり、それをとても幸せに感じます。
…ある意味、日本の素晴らしさを教えてくれたダーリンに感謝しています。
「どこで暮らすか」ということは、国際カップルの私達にとって重大な問題の1つでした。私達の出会いは日本でしたが、ダーリンがドイツの大学進学を控えていたため、2人でドイツ移住を選択しました。
…でもやってきたのはドイツ南西部の小さな街…。近所にはぶどう畑が広がっています。
何でも揃う東京に10年間暮らした後のドイツの地方都市での生活に、「休日に行くところがない!」というフラストレーションを感じていました。日本ならカラオケやボーリングなど、たくさん娯楽施設がありますが、ここでは映画館くらい…。24時間のスーパーやコンビニもありません。
そんなドイツの地方都市の日曜日の過ごし方の定番は散歩やハイキング。最初は刺激が足りないと感じましたが、しばらくすると慣れてしまいました。今では、「日本では毎月たくさんのお金を使ってたけど、何にそんなに使ってたんだろう」と思うほどです。
日本での仕事を辞めて海外に移住した私にとって、新しい土地でどうやって身を立てるのかは大きな課題でした。現在の仕事はフリーライターです。世界新聞を始め、複数のwebマガジンに旅をテーマにした記事を寄稿して、原稿料をいただいています。
海外に移住しなければ、ライターになることは無かったと思います。文章で表現するのが好きで、旅の経験や、ドイツ在住という今の環境を生かしたいと考えたから、ライターという働き方にトライできたのだと思います。
普通のOL生活を送っていた私は、国際恋愛をきっかけに人生が激変しました。OL時代よりは収入は少ないものの…失うものがあってもまた新しいチャンスに巡りあい、新たな居場所を見つけることは可能なのだと感じる日々を送っています。
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