家族を失うということ。異国の地を共に生きた仲間が教えてくれたもの

2017.10.14 07:00 
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日雇いで働くこともありました。オーストラリアで5ヶ月を共に生き抜いた韓国人の兄弟。でも、こんな形で別れがくるとは、思ってもみませんでした。

 

別れは突然やってくる

アンニョンハセヨ!極貧バックパッカー改め「オーストラリア出稼人」の植竹智裕(うえたけともひろ)です。

現在ストロベリーファームで出会った韓国人2人と共同生活中(オーストラリアですけど)。

最近日本語のボキャブラリーがパッと出てこなくなりました(歳のせいかもしれない)。

 

13週目 オーストラリアの牛肉工場・屠殺場勤務の苦悩と初任給

12週目 1日665頭の牛を殺すオーストラリアの屠殺場勤務、初日の感想

11週目 惚れてまうやろ!3ヶ月共同生活してわかった韓国人男子の魅力

10週目 【オーストラリアのワーホリ】家賃・月10万以下の一軒家で暮らすとこんな感じ

9週目 オーストラリアの田舎で不愉快にホテル暮らし

8週目 オーストラリアの牛肉解体工場に就職してみた

7週目 韓国人5人とオーストラリアで仕事探し中の僕、シトラス農園でほめられる

6週目 韓国人5人とオーストラリアで仕事探し中の僕、家を手に入れる

5週目 韓国人5人とオーストラリアで仕事探し中の僕、184km先のトマトをつむ

4週目 韓国人5人とオーストラリアで仕事探し中の僕、つかの間の幸せを見つける

3週目 韓国人5人とオーストラリアで仕事探し中の僕、情報通おじさんに出会う

2週目 元同僚の韓国人5人と僕、まだオーストラリアで職探し中@マンダベラ

1週目 元同僚の韓国人5人と僕、オーストラリアで職探しの旅を始める

 

>>オーストラリアのワーホリ連載、全ての過去記事はこちら

 

現在はNaracoorte(ナラコート、ナラコーアテ)という街で暮らしています。

 

ストロベリーファームを飛び出して迷走を続けて来た6人。

ナラクートで牛肉工場に潜り込み、家も借りてようやく安定した生活を手に入れた…のも束の間、

次男坊(事実上トップ)が仕事を辞めてシドニーへ行くと言い始めました。

 

「あ、そうなんだ」ぐらいにしか思っていなかったのですが、一人が風紀を乱すと一気に風紀が乱れるのが世の常です。

もう一人も仕事がきついと言って退職届を提出、偶然その場にいたもう一人もなんとなく退職届を提出。

こうして3人がシドニーに行く事に。

 

……ちょっと待った!!

 

手に入れた家の処理

今回ばかりは6人一緒にシドニーへ行く事は出来ません。借りた家のミニマムステイが3ヶ月。

彼らが出て行った後も1ヶ月以上は誰かが住み続けなければなりません。
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こうして、迷走兄弟は分裂する事に。

 

たまらず家出した

出て行く3人もミニマムステイの満了までは家賃を払うとの事ですが、それでも寂しいやら腹立たしいやら複雑な気分。

シドニー行って何をしようか?と浮き足立つ3人に一緒にいても冷たく接してしまう僕。

仕事休みと週末が重なって5連休が出来た時にリフレッシュも兼ねて一人メルボルンへ家出しました。
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家出して気づかされた

8ヶ月過ごしたメルボルン。

かつて知ったる友人達と再会したり、久々に生ビールを飲んでみたりしましたが、2日目にはホームシックに。

残り2週間しかないのにメルボルンで何やってんだろう。

この時点で怒りは消えて寂しさと、残りの時間を楽しもうと前向きに考えられるようになったので、意義のある家出でした。

 

会いたかった

そして待ち焦がれた帰宅日。

お土産に焼酎をいっぱい買って帰りました。
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たかが5日、されど5日。

この数ヶ月こんなに長く離れた事がなかったので久々に顔を見た際は安心しました……が、この穴何?

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どうやら居ない間に酔っぱらって兄弟げんかしたみたいです(笑)

理由は聞かない事にしましたが。

 

でもとりあえず、日々溜まっていたストレスも発散して、気持ちを改めて残りの日々を一緒に楽しもうと思えるようになりました。

 

最後は笑顔で

最後の1週間は恐らく今までで一番仲良く過ごせたと思います。

ドライブをしたり、一緒に釣りをしたり、外でラーメンを食べたりして楽しみました。
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そして最後の日はアデレードの空港まで見送り。
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家に帰ってスカスカの部屋を見てようやく実感が湧いてきました。

 

別れた後の心境:苦痛

離れて暮らして2週間ほどは正直生き地獄でした。

仕事中にあまりよろしくない感情を抱くのも、毎朝凍えながら出勤するのも、スーパーバイザーにとやかく言われるのももう疲れました。

シドニーにいる3人からは仲良く卓球をやっている写真が送られて来たりして、心境は再び大嵐です。

ということで、残った僕たち3人も、家のミニマムステイが満了したら車でメルボルン・キャンベラを巡りながらシドニーへ移住する事にしました。

 

そして別れが生んだもの

一刻も早くシドニーに行きたくて作成したこのカレンダーを塗りつぶすのが毎日の楽しみでした。

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急に味気なくなってしまった生活ですが、ある時、同じ工場で働く韓国人やその知人と一緒に夕食を食べる機会がありました。

他の二人は人見知りなので嫌がっていましたが、僕はその後も一人だけで彼らの家にお邪魔して記憶を飛ばすぐらいお酒を飲んだりして、友達も増えました(全員韓国人)。

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6人一緒に暮らしている時だったら、きっとこんな機会には恵まれなかったことでしょう。

おかげで、今や一人でこの街に残ってもいいぐらい楽しくなってきちゃいました。

面倒なことを丸投げしてシドニーに行ってしまった3人をはじめは薄情な奴らだと思っていましたが、僕も負けないぐらいなかなかの薄情者みたいです。

 

もう一生、一緒に暮らせないけれど

12月には韓国経由で日本に帰り、1月からはカナダワーホリに行く予定です。

なので、シドニーで仕事できる期間はかなり限られてしまいます。

(ビザ自体は2月までなので履歴書にはそう書きます)

迷走兄弟編は最終回となりましたが…どうやらまだまだ迷走は続きそうです。

 

シドニーに行っても恐らく6人一緒に暮らす事はこの先一生無いと思いますが、週末に集まれたらそれだけでも幸せです。

こんなにプラス・マイナス感情を揺さぶられる人達に会えたのはありがたい事です。

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とか言って、先発3人がシドニー飽きてまたどこかに迷走始めたらどうしよう。

そうなりませんように……(笑)

 

>>オーストラリアのワーホリ連載、全ての過去記事はこちら

 

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植竹 智裕
1986年、東京都多摩市生まれ。会社を辞めて早5年、世界一周・旅行記出版を夢に俳優業など手を出しつつゆるやかに資金を貯めてきた植竹、ついに日本を飛び出し世界から色々な体験記をお届します! 帰国後のお仕事のご相談もお待ちしております!旅のオフショットはインスタで。ブログTwitter

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