英語が話せなくても大丈夫!アラサー女子が1年半の世界一周中に心を通わせた10人

2014.12.16 12:34 
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もし、あなたが世界一周したら、こんな人達と出会うことになるのかもしれません。

 

こんにちは。世界一周アラサー女子のYUNAです。約1年半の世界一周を終え、現在実家でぬくぬくしております。
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今回は、私の世界一周の旅で出会った「人」がテーマです。1年半も海外に居ると、本当にたくさんの人々と出会いました。衝撃を受けた出会いや、学びの出会い、イラっとさせられた出会い、大好きになってしまった出会い、コイツしょうもないなー……と思った出会い。でも、その全てが私にとって勉強で、出会えて、交流出来たことに本当に感謝感謝です。そんな出会いの中でも、印象的な出会いを紹介します。

 

1.優しすぎる韓国人&中国人、ボー&ユダ

私は1カ国目アメリカで、シアトルからロサンゼルスまで2週間かけて国立公園を回りながらキャンプをするツアーに参加しました。彼女らとは、そのツアーで一緒になりました。そのツアーメンバーは総数14名でしたが、旅開始当初、今思えば恐ろしく乏しい英語しか話せない私の英語をいつも一生懸命聞いて、私がみんなの話を理解出来ない時は、後から教えてくれたりしました。写真左端がユダ、右から2番目がボーです。
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一緒にバカな話をして、ゲラゲラ笑ったのもよく覚えています。2週間共にキャンプをした仲間とは、世界一周の途中に数人と再会出来ました。
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反日教育があることや反日活動している韓国人や中国人のニュースが日本でよく放送されていた事もあり、旅前の私のイメージは「中国人や韓国人は日本人のことが嫌いなのかな?」と不安に思っていました。しかし、彼女達はそんなことは微塵も感じさせない、優しさで溢れていました。そんな訳で、私は旅のしょっぱなから韓国人と中国人が大好きになっていました。

 

2.背中で語る日本人、ゆうさん

彼とは2カ国目メキシコの遺跡で偶然出会いました。その当時、旅が始まってまだ1ヶ月少々の頃で、メキシコでコレクティーボ(乗り合いタクシーやバンの様な物)の乗り方も分かっていませんでした。しかし、彼が乗り方を自然と教えてくれたり、スペイン語で現地人とやり取りしているのを見て「そうか!旅はこうして楽しむのか!」と背中で教えられた気分でした。

 

たった半日程度しか共に過ごしませんでしたが、偶然同じ医療界で働いていたことも分かり、人の「死」とは、医療の意味とは、人が生きる意味とは……答えはありませんが、それぞれが考えていることを、この短時間で話せた事が今でも強い印象として残っています。そして、出会いは、共に過ごした時間の「長さ」は問題ではないなと強く思わせてくれた出会いとなりました。写真は1枚もありませんが、強く印象に残っている人です。

 

3.異世界の住人、ゆうすけくん

彼とは3カ国目キューバの宿で出会い、インドで再会しました。彼はマリファナを吸っています。それまでの私は「マリファナ=麻薬=中毒になって精神異常を起こす」というイメージしかありませんでした。彼は、以前精神的に落ち込んでいた時期に、イギリスで医療大麻(マリファナ)を吸引する様になったそうです。
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それまで、生きるのも苦しくなっていた彼がマリファナを吸引する事で、気持ちが軽くなったそうです。これは単なる一例ですので、日本や日本人もそうするべき!!などと言うつもりはありません。

 

しかし、海外に出てみて、マリファナや医療大麻が合法の国や州が多く、ここ数年でも合法への動きが加速しているのを知る機会が多くありました。日本が合法になる日が来るかは分かりません。けれど、20年先、30年先、50年先……自分の子供や孫の世代に、日本が合法になったとき、私は受け入れられるのか?受け入れるべきなのか?意見をしっかり持てるような、情報を知りたいと思いました。(今現在、私は吸いたいとは一切思いません。しかし、日本での合法化に向けて活動している人も居るのが現実です。)

 

4.変なモノ好き、山田姉さん

彼女とは4カ国目ペルーの宿で会いました。そして、ペルーの北部を一緒に旅しました。南米に入ってすぐの私は、移動や交渉、次の行き先等に常に不安を感じていました。そんな中、彼女が黙々とバスの値段交渉から宿の値段交渉等をしている姿に「かっこ良いなー」と思っていました。
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彼女は変な遺跡や壷が好きだったりして、私にはよくわかりませんでしたが、その物へのこだわりや熱の入り方に、一種のかっこよさを感じました(私は何事にも、あまり執着心が強くありません)。ちなみに、この写真の様な壷や遺跡が北ペルーにはたくさんあります。
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一緒に旅している時、私はエクアドルに行く事が目的でしたが、彼女は毎日「この後、どうしようかなー」と行き先を特に決めていない姿が、当時の私にとっては衝撃でした。そして、ガイドブックの情報で行き先を決めるのではなく、現地の情報等から、自分の好みの場所へ向かうという「ガイドブックを持たずに旅する事」の面白さを教えてくれた人でした。

 

5.親切なドイツ人夫婦、フロリアン夫婦

彼らとはペルーのカニョンデルコルカという谷の宿で会いました。当時の私も、相変わらず英語は全然でした。しかし、夫婦が晩ご飯へ一緒に行こう!!と誘ってくれ、一緒に出かけました。これは、現地のダンスショーのあるレストランで、左はフロリアン、右は現地のダンサーです。
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ご飯中の会話でも辞書が手放せず、何かを聞かれては辞書を引いて、何か聞きたい事があっては、辞書を引いて……を繰り返していました。正直、こんな面倒くさい相手と話すのは楽しくないと思います。現に、この食事中に他のオーストラリア人と合流して一緒にご飯を食べたのですが、オーストラリア人は途中から、私に話しかけなくなりました。

 

そんな事もあり、外国人でも優しい人と優しくない人がいるなーと感じていました。だからこそ、私のつたない英語を一生懸命聞いてくれようとする人に出会えた時は、国籍は関係なく、「すばらしい人に出会えたな!」と感じるようになっていました。写真は、奥さんのイングリッドです。
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6.1年半で3度会えた、ドイツ人ジュリア

彼女ともペルーの「カニョンデルコルカ」のトレッキングで会いました。私は、アメリカ大陸ではトレッキングばかりしていたので、体力には少しだけ自信がありました。しかし、そんな私をゆうゆうと抜かし、涼しい顔でトレッキングしていたのが彼女でした。
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トレッキング中に色々話す事もあり、これまた私のつたない英語を一生懸命聞いてくれ、世界一周している旨を伝えると、すぐに「ドイツに来たら、教えてね!!」と笑顔で言ってくれました。この写真の様な谷を一緒にトレッキングしました。
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そんな優しい彼女は、ドイツで再会した際は彼女の学生寮の部屋に泊めてくれ、偶然カンボジアでも再会を果たす事が出来ました。この旅で三回も別の地で会えたのは彼女だけです。

 

7.高山病になるクスケーニャ(クスコ出身者)、マリオ

彼とはペルーのクスコの小さな「メルカド」と呼ばれるマーケットで会いました。メルカドをブラブラしていると、突然日本語で話しかけられ、驚いて少し話をすると、日本でスペイン語を教えていて日本に25年住んでいるということでした。右端がマリオです。
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後日、彼の家にお邪魔させて頂き、お酒を飲んだり、家族と一緒にサッカーを見たりしました。彼はクスコというマチュピチュの拠点となる街の出身で標高は3400mあるのですが、最近は日本生活が長く、帰って来ると高山病になるそうです。(笑)

 

彼がペルーへ帰って来ていた理由は、お姉さんが亡くなったからだそうです。しかし、家族と共にお酒を飲んだ際に「姉さんの代わりにYUNAが来てくれたね」と言ってくれました。私は、スペイン語が話せる訳でもないのに、そこまで言ってくれる心の広さに驚き、優しい人に対して何も出来ない自分に無力感を感じるばかりでした。

 

8.日系4世カナダ人、ロビン

彼女とは24カ国目クロアチアの「失恋博物館」で出会いました。お互い偶然同じタイミングで博物館を訪れ、見た目がアジア人だったので、私は彼女が韓国人かな?と思っていました。しかし、話してみると以前の記事にも登場した日系4世カナダ人ということが分かりました。
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この後、彼女とはクロアチア縦断、ボスニアまでの約2週間を一緒に旅する事になりました。彼女は日本語は全く話せないのですが、私の英語を修正してくれたり、間違った英語でも一生懸命理解しようとしてくれました。この2週間で恐らく私の英語は飛躍的に成長したと思います。

 

そして2週間のうちに、映画や音楽、恋愛、日本人、日本の文化、カナダ人、カナダの文化等、本当にたくさんの話をしました。お互い意外な発見や驚きが多く、とても面白かったのを思い出します。

 

9.Fuckばかりのイギリス人&スペイン人 チャーリー&フェラン

彼らとは、33カ国目ミャンマーのパゴタというミャンマーの古い仏塔で会いました。彼らとは2泊3日、少数民族の村へのトレッキングに一緒に行きました。そのトレッキングも含め、トータル1週間程一緒に過ごしました。私が少しずつ英語に慣れて来ていたこともあり、彼らとは楽しい時間を過ごしました。彼らはすぐに「fuck」と言います。何でもかんでも「fuck」と言います。その後も数人出会いましたが、「fuck」ばかり言う外国人は面白い人が多かったです。
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それまでの私は、外国人と絡んでも気を使っている時間が長く、一緒に過ごした後は疲れる事が多かったです。しかし、彼らと過ごした後は、初めて「寂しい」と思い、彼らが恋しくなりました。初めて、外国人にそう思わせてくれた彼らも、私にとってはすごく驚きの出会いとなりました。

 

10.歴史を考えさせてくれた中国人、ジェーン

彼女とは34カ国目インドのマザーテレサのボランティアで出会いました。彼女は中国の雲南省の出身でした。私がボランティアに参加した際は、何故か中国系の人(大陸の人、中国系マレーシア人、台湾人)が多く、左から2番目がジェーンです。
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たくさん中国系の人達が居る中で、彼女とは休日に出かけた際に、たくさん会話をする事が出来ました。その際に、第二次世界大戦のこと、日本の侵略のこと、南京大虐殺のこと……歴史の真実は未だに分からない部分も多いと思います。特に、日本では「南京大虐殺は無かった」という意見もあると思います。しかし、中国人は「間違いなくあった事実である」と学校で習うそうです。

 

彼女は1人で海外へ行く事が好きで今までに色々な国の人と接している為、比較的柔軟な考えを持っていると感じました。そんな彼女は「歴史は歴史。悲しい事も多いけど、終った事。すぎてしまった事。だから気にしなくて良い」と言ってくれました。それまでの私は何となく「過ぎてしまったことで、仕方ない」「自分とは関係ない」と思っていました。しかし、彼女と話した事で、歴史をもっと知ろうと思いました。そして、「仕方ない」とは侵略された側の言葉であって、侵略した側はきっちりと歴史を知る必要があると思いました。知ってこそ、初めて自分の意見を持てるとも思いました。

 

新たな楽しみ

さて、いかがでしたでしょうか?日本人・外国人問わず、様々な出会いがありました。

今回はそのダイジェストであり、更には私の旅に学びや発見を与えてくれた人々です。出会った人を挙げるとキリがありません。それでも、私にとっては「出会いが旅の一番の面白み」だと思いました。出会った人のお陰で新しい世界を知った、優しさを感じたり、感動したり、学ぶ事が出来ました。そんな様々な刺激を受け取る度に、その人をもっと知りたい、その世界をもっと知りたいと私は思うようになりました。そして、次は、私が新しく出会う誰かに何かを伝えられる人間になりたい。と強く思いました。

 

日本でも、様々な人との出会いが自分の生きる世界を広げてくれると思います。そんな様々な世界に生きる人をもっともっと知って、色んな世界を感じながら生きて行くことが、今後の人生の楽しみの一つになりました。

 

文・写真:YUNA

 

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YUNA

YUNA

1985年大阪生まれ、大阪育ち。理学療法士として5年間働いた病院を飛び出し、世界を回ろうと決断。社会人として、アラサー女子として、関西人として、色々な事を柔軟に吸収したい!海外の面白ポイントにツッコミを入れたい!と思って旅しています。

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