十字架10万本がそびえ立つリトアニアの十字架の丘で十字架を捧げてきた

2016.09.27 07:00 
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リトアニアのシャウレイより北へ12km。約200年もの間、絶えず十字架が増え続けている十字架の丘で十字架を捧げたら、そこはもう観光地には見えませんでした。

 

リトアニアとは

こんにちは!自称マジシャンせがわーるどです。大学で勉強しているロシア語を使い旧ソ連諸国を周っていた僕はリトアニアを訪れました。

 

リトアニアは、ヨーロッパの共和制国家。バルト三国の中で最も南の国。首都はヴィリニュス。ソ連の構成共和国の一つだったが1990年、独立を回復した。Wikipedia「リトアニア」参照。

 

リトアニアの位置
By NuclearVacuumFile:Location European nation states.svg このベクターイメージInkscapeで作成されました., CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=8105177

 

今回はそんなリトアニアでも屈指の観光名所である「十字架の丘」をご紹介します。

 

リトアニアの首都ヴィリニュスから十字架の丘へのアクセス

1 リトアニアの首都ヴィリニュスから電車で200kmほど離れたシャウレイという場所へ行きます。約10ユーロ(約1140円)(※一日の本数は少なく時間帯によって値段も上下します)

2 シャウレイの駅から10分ほど離れたバスターミナルから「ヨニスキス」行きのバスに乗ります(1時間に1本ほどなので注意)。

 

3 途中の「ドマンタイ」というバス停で下車。値段は0.8ユーロ(約91円)・所要約15分です。辺りには何も無く本当にここに十字架の丘があるの?といった感じです。
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ただし、「ドマンタイ」で多くの観光客が降りるので安心してください。観光客の群れに着いて行き15分ほど歩くと十字架の丘に到着です。電車、バス、歩いたりとかなり行くのが大変です。まさしく秘境です。

 

十字架の丘
 

 

十字架の丘(リトアニア語:Kryžių kalnas/クリージュ・カァルナス)は、リトアニア・シャウレイの北12kmに位置する巡礼地であり、リトアニアの観光名所。2001年に『リトアニアの十字架の手工芸とその象徴』の一つとして無形文化遺産に記載されている。十字架の数は2006年時点で約10万以上と推測されている。Wikipedia「十字架の丘」「Hill of Cross」参照。

 

十字架の丘では、自分で十字架を立てられる

リトアニアの十字架の丘の前にはお土産屋さんが並んでおり、十字架を販売しています。実は十字架の丘に自分で買った十字架を立てる事ができるのです。十字架の値段も1ユーロ(約114円)から。僕は2ユーロ(約228円)の十字架を買ってみました。
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そしてこちらが十字架の丘。見た瞬間、息を呑むほどの美しさ。同時に神聖さすらも感じる事ができました。
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十字架の丘は、本当に十字架だらけです。毎回観光客が十字架を買って立てていくので、日に日に増えていきます。日本語でメッセージが書かれたものや、近代的なデザインの十字架、小学生の工作レベルの十字架などなどバリエーション豊かで見るだけでも楽しめます。噂によると十字架は現在10万本以上あるそうです…。
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観光客が立てていった十字架はまだ新しい木で年季が入っていません。10年後もすれば、それなりの空気を醸し出すのでしょう。
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さっそく僕も一緒に行った友達と十字架にメッセージを書き、十字架の丘に立ててみました。髪飾りでぐるぐる巻きにしてある十字架なので、もし行かれる方はぜひ見つけてください(笑)
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十字架の丘の十字架の数

1800年代:3000本以上 
1900年:130本 
1902年:155本
1922年:50本
1938年:400本以上 
1961年:5000本が破壊 
1975年:1200本が破壊 
1990年:約55000
2006年:100000本以上

Wikipedia「十字架の丘」「Hill of Cross」参照。

 

十字架の丘に十字架が立てられた理由

僕は最初、十字架の丘は聖人の墓地なのかな…と思っていたのですが、実は違いました。

 

リトアニアが旧ソ連に加わる前、ロシアによる圧政により、処刑されたり、シベリアへ流刑となった人々を哀悼するためにここに十字架が立てられるようになったそうです。十字架を立てる事は、ロシアに対して非暴力の訴えの象徴でもありました。
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その発祥は分かっていないが、初めてここに十字架が建てられたのは1831年のロシアに対する11月蜂起の後であると考えられている。Wikipedia「十字架の丘」参照。

 

見れば見るほどただの観光地には見えない十字架の丘

十字架の丘は何度もロシアに壊されたそうです。それでも人々は、ロシアに対する抵抗や仲間を思う気持ちといった様々な感情を抱いて十字架の丘へ行き、十字架を立てたそうです。

リトアニアの十字架の丘のように、今日の観光名所は、つらい過去の経験を経て成り立ったものが数多く存在します。そう言った歴史を踏まえて観光地を訪れると、見え方が変わってくるかもしれません。

リトアニアの十字架の丘は、そんなことを思い出させてくれました。

 

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せがわーるど
1994年生まれA型。 路上でマジックをしながらの日本一周ヒッチハイクを経験し、旅の良さを知る。2016年現在、専攻であるロシア語を駆使しながら旧ソ連に限定し世界を周っています。 ロシア語話者の観点から旧ソ連の国々を紹介していきます。(写真のモアイ像は、宮崎県にあります。) ブログ:せがわーるどのブログ

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